過去に自分の気持ちを抑え込んだ経験が自己肯定感に影響する理由:心理学的視点
自己肯定感は、自分自身を価値ある存在として受け入れ、肯定的に捉える感覚です。この感覚は、日々の生活における幸福感や対人関係の質、目標達成への意欲など、様々な側面に深く関わっています。しかし、過去の経験、特に自分の気持ちや欲求を表現することを抑え込んできた経験が、現在の自己肯定感に影響を与えていると感じる方もいらっしゃるかもしれません。
この記事では、過去に自分の気持ちを抑え込んだ経験が、なぜ現在の自己肯定感を低くする可能性があるのかを心理学的な視点から解説し、過去の経験を自己理解と自己肯定感向上のための学びとして捉え直すための視点を提供します。
過去に気持ちを「抑え込んだ」経験とは何か
過去に自分の気持ちや欲求を抑え込んだ経験とは、例えば以下のような状況を指すことが考えられます。
- 周囲の期待に応えるため、自分の本音や希望を言えなかった
- conflictを避けるため、怒りや悲しみなどの感情を我慢した
- 「良い子」「優しい人」であろうとして、自分の気持ちよりも他者の気持ちや場の空気を優先した
- 過去に感情を表現した際に否定的な反応を受けたため、感情を出すことを避けるようになった
- 自分の欲求を主張することが「わがまま」だと感じてしまった
このような経験は、子供時代だけでなく、学校生活、職場、家庭、友人関係など、人生の様々な場面で起こり得ます。これらの経験は、当時の状況においては最善、あるいは唯一の対処法だったかもしれません。しかし、その積み重ねが、知らず知らずのうちに現在の自己認識や行動パターンに影響を与えている可能性があります。
感情の抑圧が自己肯定感に影響する心理学的メカニズム
過去に自分の気持ちや欲求を繰り返し抑え込むことが、現在の自己肯定感を低下させる背景には、いくつかの心理学的なメカニズムが考えられます。
1. 自己価値感の低下
自分の気持ちよりも他者の気持ちや状況を優先し続ける経験は、「自分の気持ちや欲求には価値がないのではないか」「自分は他人にとって価値がないのではないか」といった無意識のメッセージを自己に送ることになります。これは、自己肯定感を構成する重要な要素である自己価値感(自分自身の価値や尊厳を感じる感覚)を損なう可能性があります。
心理学では、自己肯定感の基盤として、幼少期の養育者との関係性における「無条件の肯定」(何をしても、ありのままの自分を受け入れられる経験)の重要性が指摘されることがあります。自分の気持ちを抑え込む経験は、この無条件の肯定とは逆のメッセージ、「あなたはあなたの気持ちを表現するべきではない」「あなたはあなたの気持ちを優先するべきではない」といったメッセージとして受け取られ、自己価値感の育ちを阻害することが考えられます。
2. 自己理解の妨げと感情への鈍感さ
自分の感情や欲求を繰り返し抑圧することは、次第に自分が何を感じているのか、何を求めているのかが分からなくなることに繋がることがあります。感情は、自分自身の内面や外部の状況を理解するための重要な情報源です。感情に気づきにくくなると、自己理解が深まりにくくなり、「自分は何者なのか」「何をしたいのか」といった問いへの答えが見出しにくくなります。
自己理解の不足は、自分の良いところや強みに気づきにくくさせ、結果として自己肯定感の低下に繋がる可能性があります。また、感情を適切に処理できない状態が続くと、漠然とした不安感や生きづらさを感じやすくなることも考えられます。
3. 自己表現の機会の損失と自己効力感の低下
自分の気持ちを抑え込むことは、他者に対して自分の考えや感情、欲求を適切に表現する機会を失うことに繋がります。自分の感情や意見を表現し、それが他者に受け入れられたり、状況に何らかの良い影響を与えたりする経験は、自己効力感(自分には物事を達成する能力があるという感覚)を高めます。
しかし、自己表現を避けてきた経験が多いと、自分の力で状況を変えたり、人間関係の中で自分を位置づけたりすることへの自信が育ちにくくなります。これにより、自己効力感が低下し、新たな挑戦を避けたり、困難に直面した際に諦めやすくなったりすることが考えられます。
4. 人間関係における境界線の曖昧さ
自分の気持ちを抑え込み、他者を優先するパターンは、自分と他者の間に健全な境界線を引くことを難しくする可能性があります。境界線が曖昧になると、他者からの過度な要求を受け入れてしまったり、自分の時間やエネルギーを犠牲にしてしまったりすることが増え、心身の疲労や自己肯定感のさらなる低下を招くことがあります。
過去の経験を自己理解と肯定感向上のための「学び」として捉え直す
過去に自分の気持ちを抑え込んできた経験は、時にネガティブな記憶として現在の自分を苦しめるかもしれません。しかし、それらの経験は現在の自己肯定感や対人パターンを理解するための貴重な鍵となる可能性があります。過去を責めるのではなく、「なぜ当時の自分はそのように行動したのか」「その経験から現在の自分は何を学べるのか」という視点を持つことが重要です。
1. 過去の自分を客観的に振り返る
過去の出来事や、その時の自分の感情、そしてなぜ気持ちを抑え込んだのか、当時の状況や周囲の人々の影響などを、できる限り客観的に振り返ってみます。これは、当時の自分が「そうするしかなかった」状況や、自分を守るための精一杯の対処だった側面を理解することに繋がります。過去の自分を否定せず、まずはその経験を「そういうことがあった」という事実として受け止めることから始めてみます。
2. 抑圧していた感情に気づき、受け入れる練習
過去に抑圧してきた感情(怒り、悲しみ、恐れ、寂しさなど)に気づき、それらの感情を否定せずに受け入れる練習をすることが有効です。ジャーナリング(感情や思考を書き出すこと)や、マインドフルネス(今この瞬間の経験に意図的に注意を向けること)といったアプローチは、自分の内面で何が起こっているのかを認識する助けとなります。感情は「良い」「悪い」ではなく、単なる情報として捉えることを目指します。
3. 現在の自分の気持ちやニーズに意識を向ける
過去の経験を振り返るだけでなく、現在の自分がどのような状況で、何を感じ、何を必要としているのかに意識的に注意を向ける練習も重要です。自分の内面に向き合う時間を持ち、「今、自分は何を感じているのだろう?」「本当に求めているものは何だろう?」と自問自答してみます。最初は難しく感じるかもしれませんが、小さなことから意識する習慣をつけることが自己理解に繋がります。
4. 思考パターンに気づき、柔軟性を育む
「自分の気持ちを言うべきではない」「他人を優先しなければならない」といった過去の経験から形成された思考パターン(認知)に気づくことも重要です。これらの思考は、かつて自分を守るために役立ったかもしれませんが、現在の自分を制限している可能性があります。これらの思考が「絶対的な真実」ではなく、あくまで「一つの考え方」であると認識し、より柔軟な考え方(例:「自分の気持ちも大切にして良い」「全ての人を優先する必要はない」)を探求することで、行動の選択肢を広げることができます。
5. 小さな一歩から自己表現を試みる
安全だと感じられる関係性の中で、少しずつ自分の気持ちや意見を表現する練習をすることも、自己肯定感を育む上で有効です。例えば、親しい友人に本音を話してみる、自分の意見を穏やかに伝えてみるなど、小さな成功体験を積み重ねることが自信に繋がります。
まとめ
過去に自分の気持ちを抑え込んだ経験は、現在の自己肯定感に複雑な影響を与えている可能性があります。それは、自己価値感の低下、自己理解の妨げ、自己効力感の低下、境界線の曖昧さといった形で現れることが考えられます。
しかし、過去の経験を単なるネガティブな出来事としてではなく、現在の自分を理解するための重要な情報として捉え直すことで、自己肯定感を高めるための一歩を踏み出すことが可能です。過去の自分を受け入れ、現在の自分の感情やニーズに気づき、思考パターンを柔軟にし、そして小さな一歩から自己表現を試みることが、より健全な自己肯定感を育むことに繋がります。
自己肯定感を高める旅は、過去の自分と現在の自分を繋ぎ、未来の自分を形作るプロセスであると言えるでしょう。この記事が、その旅の一助となれば幸いです。