なぜか同じパターンを繰り返す?過去の『無意識』が自己肯定感を下げる理由:心理学的視点
30代を迎え、これまでの人生を振り返る中で、「なぜかいつも同じような壁にぶつかる」「特定の状況で、意図せず同じ反応をしてしまう」と感じることがあるかもしれません。明確な過去の出来事を思い出すわけではないのに、どこか生きづらさを感じたり、自分自身の価値を低く感じてしまったりすることもあるでしょう。
自己肯定感は、自分が自分であることに価値を見出し、ありのままの自分を受け入れる感覚です。この自己肯定感は、過去の様々な経験によって形作られます。多くの場合、私たちは意識的な記憶、つまり「あの時、こんなことがあった」という具体的な出来事を思い出し、それが現在の自分にどう影響しているかを考えます。しかし、心理学の視点からは、過去の影響は意識される記憶だけに留まらないと考えられています。
この記事では、過去の経験の中でも特に「意識されないレベル」、いわゆる無意識が、どのように現在の自己肯定感や行動パターンに影響を与えているのかを、心理学的な知見を交えながら解説します。そして、その影響を理解することが、自己肯定感を高めるための一歩となる可能性について探ります。
意識される記憶と意識されない記憶
私たちの記憶にはいくつかの種類があります。大きく分けて、自分で意識的に思い出すことができる「顕在記憶(けんざいキオク)」と、意識せずに過去の経験が現在の思考や行動に影響を与える「潜在記憶(せんざいキオク)」があります。
- 顕在記憶: 特定の出来事(エピソード記憶)や知識・意味(意味記憶)など、意図的に思い出せる記憶です。「あの時、褒められて嬉しかった」「この言葉はこういう意味だ」といったものがこれにあたります。
- 潜在記憶: 過去の経験によって無意識のうちに形成される行動パターン、スキル、あるいは感情的な反応の準備性などです。自転車の乗り方(手続き記憶)や、以前見たものや関連した情報がその後の認識や行動に影響を与えるプライミング効果などが含まれます。過去に繰り返し経験した特定の感情や、特定の状況で起こる身体の反応なども、この潜在記憶として蓄積される側面があります。
自己肯定感に関連する過去の経験を考える際、私たちはしばしば「親に否定された」「学校で失敗した」といった顕在記憶に焦点を当てがちです。もちろん、これらの記憶は自己肯定感に大きな影響を与えます。しかし、子供時代の安心感や不安感、養育者との関わりの中で繰り返された非言語的なやり取り、あるいは感情を抑え込まざるを得なかった状況など、具体的な出来事としては思い出せなくても、感情や身体感覚、対人関係における無意識的な反応パターンとして、潜在的に記憶され続けているものがあると考えられます。
なぜ「無意識」が自己肯定感に影響するのか?
過去の経験が意識されないレベルで影響を与えるのは、特に発達の早期における経験や、感情が強く伴った経験、あるいは繰り返し起こった経験が、私たちの心の深い部分に刻み込まれるためです。
子供は、言葉による理解が十分でない段階でも、周囲の環境や養育者の感情的な状態を敏感に察知し、それに応じて自らの行動や感情表現を調整することを学びます。例えば、養育者が常に不安そうにしている環境で育った子供は、理由もなく漠然とした不安を感じやすい大人になるかもしれません。また、感情を表現すると否定されたり無視されたりする経験を繰り返した場合、感情を感じること自体や表現することを無意識的に避けるようになり、その結果、自分の内面を理解しにくくなり、自己肯定感が育まれにくくなる可能性があります。
これらの経験は、具体的な「出来事」として顕在記憶に残りにくい一方で、「世界は安全ではない」「自分の感情は出してはいけない」といった無意識の「Operating Model(作動モデル)」、つまり自分自身や他者、世界に対する無意識的な信念や期待を形成する可能性があります。特に、愛着理論では、幼少期の養育者との関係性が、その後の対人関係パターンや自己肯定感の基盤を無意識的に形成すると考えられています。
この無意識的な作動モデルや潜在記憶として蓄積された感情・身体反応パターンが、大人になってからの私たちの振る舞いや自己評価に影響を与えます。特定の状況で過剰に緊張したり、根拠なく自分を責めたり、他者からの好意を素直に受け取れなかったりするのは、過去の意識されない経験に基づく無意識的な反応である可能性があります。これは、顕在記憶に残る明確な理由が見当たらないため、「なぜか」同じパターンを繰り返してしまう、という感覚につながるのかもしれません。
意識されない影響にどう向き合うか?
意識されない過去の影響は、意識的にコントロールすることが難しいため、向き合うこと自体が課題となる場合があります。しかし、自己理解を深め、自己肯定感を高めるためには、この無意識の領域に光を当てることも有効なアプローチとなり得ます。
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「なぜか」に気づく視点を持つ: 特定の感情(例:強い不安、劣等感)が湧いてきたり、特定の状況で同じような行動パターン(例:人前で話すときに固まる、他者に頼れない)を繰り返している自分に気づいたとき、「なぜだろう?」と問い直してみることが第一歩です。その理由が、表面的な状況分析だけでは説明できない場合、意識されない過去の経験が影響している可能性を示唆しているのかもしれません。
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身体感覚や感情に意識を向ける: 潜在記憶は、言葉にならない身体感覚や感情として現れることがあります。理由が分からない不安や緊張、特定の状況での身体の強張りなどに意識的に注意を向けてみましょう。マインドフルネスの実践などは、頭の中で考えるだけでなく、今ここに存在する身体や心の状態に気づく練習として有効であると考えられます。
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繰り返されるパターンを観察する: 自己観察日記をつけるなどして、どのような状況で特定の感情や行動パターンが出やすいのかを記録してみることも有効です。記録を振り返ることで、自分では気づかなかった無意識的な傾向やトリガー(引き金)が見えてくる可能性があります。
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専門家のサポートを検討する: 過去の意識されない深い部分に根差した課題は、一人で向き合うのが難しい場合があります。心理療法やカウンセリングは、安全な環境の中で、過去の経験が現在の自分に与えている影響を専門家と共に探求し、新たな理解や対処法を見つけていくための有効な手段の一つです。特定の心理療法(例:認知行動療法、精神力動的アプローチ、EMDRなど)は、意識や無意識の両面に働きかけるアプローチを含んでいます。
結論
自己肯定感は、過去の経験によって深く影響を受けています。その影響は、私たちが明確に覚えている出来事だけでなく、意識されない無意識的なレベルにも及んでいると考えられます。過去に形成された無意識的な信念や感情・行動パターンが、「なぜか」繰り返される生きづらさや、自己肯定感の低下として現れることがあるのです。
この無意識の影響に気づき、そのパターンを理解しようと努めることは、自己理解を深め、自己肯定感を高めるための重要なプロセスとなり得ます。それは、過去の自分自身との対話であり、現在の自分を縛る見えない鎖を解き放つ可能性を秘めています。すぐに全てが解決するわけではないかもしれませんが、意識されない領域に光を当てる一歩を踏み出すことで、過去からの学びをより深いレベルで、現在の自分を肯定的に捉え直す力に変えていくことができるでしょう。
もし、この記事を読んで、ご自身のパターンや感情についてさらに深く探求してみたいと感じられた場合は、信頼できる専門家への相談も選択肢の一つとして考えてみることをお勧めします。